【書評:ゆるいつながり】だからお前はアホなのだァ!!

どもども。青木です。

 

今日は読書の日、と決めて本を読んでいました。
4冊の本を三角読み(飽きたり難しくなったら読む本を変える)していたのですが、
もの申したくなった本があるので筆を取ることにしました。

 

※たまたま僕の琴線に触れただけで手に取る価値は全然あります。

 

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コレです。コレ。

平積みジャケ買いしたやつですね。
「ほとんどの本はジャケットで買うか買われないかが決まるって言ってたなー」なんて思いながら手にとった本です。

 

今思えばタイトルとカバーが言ってることのアンバランスさに気づくべきであった。

 

全体的に言っていることは間違ってないし、役に立ちます。何より20分くらいで読めます。

 

ですが、“よりよい繋がりをつくるためには自分の価値を高め、共感を呼ぶような発信をするしかないのです”
という文中の一言。

 

だからお前はアホなのだァ!!

 

東方不敗マスター・アジアもきっとこうのたまい、
生身でモビルスーツを破壊し尽くすことでしょう。

 

いいですか、「自分の価値を高め、共感を呼ぶような発信をする」のはユルくねーんでございますよ。
Facebookが面倒くさくなってきたのも「今日こんなご飯食べたいぇーい!」というアホな投稿がしづらいツールになってきたのと一緒なのです。

要は、「共感を呼ぼう」と考えてる時点でそれはもうユルくないんですよ。

しかも如実にいいね!とかRTで共感されてるかされてないかわかるじゃないですか。
何千人もフォロワー数のいる友達を見て「すげぇ」と一瞬たりとも思ったことがないですか?

僕はSNSが全世界に広がっている限り「ゆるいつながり」は実現不可能だと思っています。

 

“「ゆるいつながり」がメインになる時代には、オリジナリティがないと豊かな人間関係は築けないでしょう。”

「なってない、本当になってないぞ!!」

もう東方不敗様、風雲再起と合体するわ。

 

私は常日頃考えているのは

「あなたがオリジナリティを発揮できるコミュニティが必ず存在する」

ということです。
例えばうちの母はエクセルがちょろっと使えるだけで群馬では破格の給料で仕事してます(たまに自慢してきます)。
僕はちょっと英語が喋れるだけで通訳をお願いされたりします。

エクセルも英語も別にその能力は地球上に数十億人単位でいるスキルですが、
そのスキルがない人、または必要としているコミュニティに行きさえすればそれは立派なオリジナリティなのです。


僕は現代社会を「多数の社会が共生する社会」と考えています。
意味がわかりませんか?例えていうなら、宇宙は一つで自分の銀河しかいないと思っていたら銀河がいっぱいあった!みたいな感じです。ごめんなさい、今ホーキング、宇宙を語るを読んでます。

話を戻すと、
労働、教育、市場など、多くのものが国家の手から離れたり、民間に近くなっています。
この社会が持つ特性はかつて中央集権的に決められていた仕組みが多様化したためにはみ出し者が暮らしやすくなったことです。
ずっと同じところで働いていることに疑問を持つ人達の受け皿ができる、
学校に行かなくても教育として認める動きが始まる(ホームスクーリング)、
UberAirbnbなどに代表される破壊的イノベーション

ただ、これらの動きは限定的です。
別に世の中全体がひっくり返ったり、多くのサラリーマンが副業に流れ出すことも僕はあまりないと思っています。あくまで現時点におけるメインストリーム、誰もが泡を食って飛びつくものではない。

そうはいっても、こういった仕組みの変革によって確実に

これまで矯正、排除、抑圧されてきた人達の居場所ができつつあるのです。

故に、いくつもの社会が重なり合っている今までにない社会が到来していると私は考えています。それは大きな社会の変革ではなく、大きな社会の木の下に小さな社会がポコポコと生まれているような感覚です。
なので、たとえ小さな社会であれ自らがイキイキできるところを選べるならば、それこそ素敵なことなのではないかと考えています。

何万人のフォロワーを抱えるだとか、何人と友達かはもう重要ではなく、その繋がりの中で自分が“友達”と共にどんな小さな社会を築いていくかこそが重要なことなのです。

それこそが謎の“社会≒全世界”と戦わないこれからのユルい繋がりであると考えています。

 

さて、最後。

共感したところでいきましょう!

スキル的なところは学ぶ面が多く、大変参考になりました。

その中でも

“多様性のある人とのつながりは、生き方の選択肢を増やし、いざというときのセーフティーネットになることもあります。”

ここはすごく共感しています。
そう、いろんな人との繋がりは病的な依存を避け、一歩を踏み出す勇気と背中を預ける安心感に繋がります。私のブログでもずっと申し上げていることです。

ゆるいつながりをどうゆるいままに創出していくか、そこに取り組む日々でございます。

 

ということで、読んでいただきありがとうございました!